「かすみ二段!!」
「グギャァァァ〜〜」
「四匹目…。これで全部か…」
 ここはリヒテンラーデの西に位置する森。夕闇が迫った時刻、その森一帯に奇妙な姿の動物の呻き声が響いた。そしてその奇妙な動物と相対してたのは、あのユキトであった。
「裏葉さん。言われた通り四匹全部殺さずに捕らえて来たが」
 森の奥にひっそりと佇む一軒の庵。ユキトは捕獲した奇妙な動物を連れてその庵へと入って行った。
「あらあら。ご苦労様です」
 庵の中へ入ると、ユキトに裏葉と呼ばれた女性は何処か奥ゆかしさの感じる笑顔で応対した。
「しかし”西の森の魔女”とは…。裏葉さんも随分と酷い言われようだな」
「あらあら。当たらずとも遠からずですから、私は”魔女”と呼ばれるのは別に構いませんわよ」
 ラインハルトと別れた後、ユキトは単身、行路でリヒテンラーデに向かっていた。その地へ着き街の情報を集めていると、多くの人々が”西の森の魔女”の噂を口にした。数年前、西の森には奇妙な格好の魔女が住むようになった、その魔女は奇妙なモンスターを操り人々の命を奪う…その噂は様々な形で飛び交い、中には誇大化されたものさえあった。その噂は自分とほぼ同時期に西方の術の研究を行う為黄京を旅だった、知り合いの裏葉を指していると理解出来たが、知り合いが魔女呼ばわりするのは癪に障るとユキトは思った。
「それにしても、『殺さずに生け捕りにする』のは正直厳しかったな…」
「ユキト殿程の腕になれば、逆に力を抑えるのが難しくなります。腕試しには丁度良かった事でしょう」
 森の中にある裏葉の庵を訪ねた時、思い出話などを済ませた後開口一番裏葉の口から出た言葉は、「腕試しにこれから森に放す動物達を生け捕りにする事」だった。面白そうだとユキトは二言返事で裏葉の提案を呑んだが、普段モンスターをほぼ一撃で殺しているユキトにとっては、加減をして生け捕りにする行為は以外にも困難なものであった。
 ちなみに、裏葉が放った動物達は東方にしか生息していない珍種であリ、それ故多くの人々に奇妙なモンスターと言われているのだった。
「そういえばユリアンがここを訪ねたって話だったな」
「ええ。ユリアンはユキト殿より早く捕まえましたわよ」
「フン。あの未熟者なら俺より簡単に捕まえられるだろうな…」
 裏葉に出されたお茶をすすりながら、ユキトはそんな事を呟いた。
 ユリアンとユキト、二人の関係はエル=ファシルから始まった。ユキトがエル=ファシルにおいてミスズ姫の警護をしていた同時期、ユリアンはヤンの元で秘書活動をしていた。外部の者が内部の者を警護し、内部の者が外部の者の秘書を務める、二人の立場はまったく対照的なものであった。
「それで、ユリアンはハイネセンへ向かったって?」
「ええ。何でもハイネセンにはアビスゲート復活の予言をした天文学者がいたという話でした。ただその方は予言により人々を惑わした罪で処刑され、残された家族はランスへと移住したそうです」
(という事は、ユリアンの最終的な目的地は俺と同じランス…。聖王の眠りし地にアビスゲートの予言者の血縁…そしてユリアンか……)
 自分の今の目的はミスズ姫を見付ける事、ランスはその途中偶然寄る予定の地でしかない。聖王廟があるのは以前から知っていたが、しかしアビスゲートの復活を予言した者の血縁がそこに移住し、そして今”宿命を背負った子”がその地へと向かっている…。
 ユキトは一つの運命が確実に動いている事を感じると共に、自分もまたその運命に気付かない内に引き込めれるのではないかと、まるで自分の現在の心境を投影したかのような庵から見える宵闇の迫った鬱蒼とした森に、思いを馳せた。



SaGa−10「赤いカチューシャ」


「あうーっ、ようやっと着いたぁ〜」
 辺りに宵闇が迫った時刻、ユウイチ達を乗せた船は無事ハイネセンへと着いた。まだ幼さの残るマコトには船での長時間の移動は堪えたらしく、船から降りるとようやく長旅から解放されたと大きな溜息を付いた。
「わぁ〜ここがハイネセンなんですね〜…」
 そのマコトとは対照的に、シオリは旅の疲れ何処吹く風という感じに、ミュルス以上に大きな港とその奥に広がる巨大な都市郡に瞳を輝かせた。
 バーラト地方の最大都市ハイネセン。この地は海上の要所として、またその海運によって運ばれる物資の陸運の拠点としても古くから発展し、多くの人々が行き交った。陸と海、その両方の運用業に支えられたこの地は自然と発展を遂げ、近年はマリーンドルフ家没落により商業の不振こそは否めないものの、未だ世界最大の都市の地位は揺るぎ無いものであった。
「あうーっ、疲れたぁ〜お腹空いたぁ〜。ホテルまだぁ〜」
「ったく、自分の意志で付いて来た割には我侭過ぎるぞお前…。ところでキルヒアイスさん、アユに会う前に親戚の所に顔を出したいのですが…」
「ええ、構いませんよ」
 嘗てユウイチの祖父が住んでいたこの地には、現在でもユウイチの親族が住んでいた。そしてアユとは、七年前その親族を訪ねハイネセンへと赴いた時偶然出会ったのであった。
「こんばんは〜」
「あいよっ。うん?何処かで見た顔だな〜?」
「ここに来るのは七年振りです。お久し振りです、カーレおじさん」
「七年振り…て言うともしかしてユウイチか!?」
「ええ」
 以前ユウイチが親戚のカーレを訪れたのはまだ幼い頃であリ、成長したユウイチを一目で本人だとは分からないのは無理がない。しかし微かに残る幼き頃の面影と、七年振りという言葉で、カーレは目の前の少年がユウイチである事を理解した。
「しかし連絡もなしに急に訪ねて来るとはな…」
「それは私が呼び寄せたのです。あの方に会わせる為に」
「これはこれはキルヒアイス殿。という事はいつもお話にある『思い出の少年』っていうのはユウイチ事だったんですね」
「ええ。私自身はその当時はアユ様の元を離れていたので、『思い出の少年』がユウイチ殿と判明するのに七年の歳月が掛かってしまいましたが…」
 ユウイチの叔父にあたるカーレはハイネセンで商売を営んでおり、古くからマリーンドルフ家の傘下に加わっていた。マリーンドルフ家没落後多くの傘下の者が散らばって行った中、カーレはマリーンドルフ家との関係は保ったままだった。
 そんな関係から、マリーンドルフ家先代フランツの忘れ形見であるアユが、「思い出の少年」に出会いたがっていたのは昔から知っていた。時期から見てそれは自分の親戚筋にあたるユウイチではないかと思っていたが、マリーンドルフ家没落後の混乱から立ち直るのに忙しく、連絡を取れずにいた。
「ところで他の三人のお嬢ちゃん方は?」
「ユウイチさんにご同行して来た同じシノン出身のシオリと申します。初めまして」
「シオリの姉のカオリと申します。初めまして」
「あうーっ…」
 訊ねてきたカーレに対し、礼儀正しい態度で自分の名を語るシオリとカオリ。そんな中一人マコトだけは、まるで苦手な人に出会ったかのような途惑いを表わし、口篭もんでいた。
「ん〜?そっちのお嬢ちゃんはどっかで見た事があるような…」
「あはは…。さっ、そのアユさんに会わなきゃ行けないんでしょ?じゃあ善は急げよ、早く行った行った!」
「わっ、おいこら、いきなり腕を引っ張るな!」
 カーレに凝視されたマコトは、まるで親に問い詰められ隠し事が明かされたくないかのように勢いよくユウイチの手を引っ張り、カーレの家を後にした。
「わっ、マコトちゃん!」
「まったく、しょうがないわね…」
 マコトが引っ張って行くのに驚き、すぐさまシオリもその後を追い、続けてカオリも後を追った。
「では、カーレ殿、後程また」
 キルヒアイスはカーレに深く頭を下げ、数十メートル先を進むユウイチ達の元へと駆け付けて行った。



「……。この先に本当にアユが…?」
「ええ」
「……」
 キルヒアイスに案内された場所に、ユウイチは暫し言葉を失った。その場所は華やかなハイネセン市街とは打って変わり、荒廃した住居が乱立するスラム街であった。
 キルヒアイスが案内したその先は、ハイネセン旧市街。そこは生業に失敗した者や盗賊崩れなどが住まう、世界最大都市ハイネセンの闇社会、もう一つの顔と言える場所であった。
 勝者にはより良き繁栄を、敗者にはより苦しき貧困を、それがハイネセンの見えない暗黙のルールであった。そうした資本社会での弱肉強食の熾烈なる闘争こそが、ハイネセンを世界最大の都市を言わせるまでに繁栄させた最大の要因であった。そしてマリーンドルフ家没落により屋敷を追われたアユもまた、その暗黙のルールの例外ではなかった。
「酷い…。これもまたハイネセンなの…」
 市街地とは対照的な旧市街の姿に、シオリは困惑した。この街に着いた当初、シオリはその豊かな繁栄振りに目を輝かせ、いつか自分もこんな街で過ごしてみたいと羨望の念を抱いた。しかしこの荒廃した旧市街を見せ付けられ、その思いは一気に音を立てて衝撃へと変わって行った。シノンの山奥で物資には恵まれないものの自然に囲まれた豊かな生活を営んでいたシオリにとって、都市というものは繁栄と貧困というまったく対照的な存在が混在する空間であるという事実は、正しくカルチャーショックに値するものだった。
「初めて見るわ…これがハイネセンのもう一つの顔…。繁栄の裏にある闇の部分、これじゃあリブロフが敵わないワケね…」
「ん?マコト、今何か言ったか?」
「えっ?な、何も言ってないわよぅ!」
 一瞬ユウイチの耳にはマコトが何かを呟いたように聞えたが、気にせず先を歩き続けた。
「ん?ねえキルヒアイスさん、あの黒いヴェールに身を包んでる人達は…?」
 カオリがふと旧市街を不気味に闊歩する、黒いヴェールに身を包んだ集団に目をやった。
「ああ、あの人達は神王教団です。ハイネセンには神王教団の支部があり、信徒を集めようとこうして旧市街まで足を運んで布教活動に励んでいるのです」
「ふ〜ん、あれが噂に名高い神王教団ね…。関わらない方が得策ね…」
「さ、ここがアユ様が現在お住まいになられている家です」
 そうこうしている内に一向は目的の場所へと着いた。周りの住居と大差のない見すぼらしい家。その家は没落したとはいえ、名門の令嬢が住んでいる所とは到底思えない家であった。
「只今帰りました、アユ様」
「あっ、お帰りなさいジークさん!」
 キルヒアイスが家のドアを開けると、明るい声でアユが出迎えてくれた。明るい笑顔に隠された何処か不健康そうな顔、とても令嬢とは言えない粗末な服装。そして頭には赤いカチューシャが付けられていた。
「アユ…アユなのか…」
 その姿を見て真っ先にユウイチが声を上げた。自分の目の前にある少女は、確かに七年前のアユと面影が重なった。しかし昔の面影は残っているものの、貧困の中で生活し続けたせいか、記憶の奥にある嘗ての華やかさは失われていた。
「えっ、キミはもしかして…」
「アユ様、この方はユウイチ殿と申します」
「ユウイチ…君…?」
 もしかして、もしかして…。アユは自分の心が少しずつ高ぶって来るのを感じた。目の前にいる少年は間違いなく…
「七年振りだな、アユ…」
「ユウイチ君…あのユウイチ君だよね……」
「ああ」
「っ…!!」
 次の瞬間、アユは思いっきりユウイチに抱き付いた―。
「ア…ユ…!?」
「ユウイチ君、ユウイチ君!ずっと、ずっと会いたかったよ!ボク、キミの事忘れないでずっと待ち続けてたんだよ!!ユウイチ君、ユウイチ君!!」
 ユウイチに抱き付き、七年間の想いの全てをぶつけるアユ。貧困の中絶望しか待ち続けていない未来に唯一希望を与えてくれる存在、それがアユにとってのユウイチという少年であった。
 ようやく待ち続けてた人が来た、今までの苦労も哀しみもすべて打ち消す勢いで、アユはユウイチの元で泣き続けた。
「良かったです…。本当に良かったです…」
 その光景を見てシオリは思わず貰い泣きをしてしまった。会いたい人に逢えた、絶望と苦しみの中で生き続けて来た人にとって、それがどんな希望の光となるのか―。
 そして自分は適わない、この人達の間には入っていけないと思った。何処かユウイチに憧れを抱いていたシオリ、いつかは自分の想いをユウイチにぶつけてみたいと…。
 だが、ユウイチに想いの全てをぶつけるアユの姿を見て、自分はアユには適わない、この人以上にユウイチさんに想いをぶつける事が出来ないと悟った。
「ひっく、うぐぅ…ケホッ…ゴホホッ!!」
「アユ!?」
 涙声が咳声へと変化し、ユウイチの胸元に咳き込むアユ。その姿に驚きながらも、ユウイチはアユの背中を優しく擦ってやった。
「ケホッ…ごめんねユウイチ君…。ボク、あんまり身体の調子が良くないんだ…」
「身体の調子が良くない…。どういうことなんです、キルヒアイスさん!?」
「はい、実は…」
 キルヒアイスの口から出た言葉、それはアユ現在に至るまでの生活についてだった。屋敷を追われてからのアユの生活は、それ以前のものとは比べ物にならない程悲惨な暮らしだった。旧市街は整備も殆どされておらず、市街地とは比べ物にならない程不衛生で、また、住んでいる家自体も建て付けが悪く、夏の暑さや冬の寒さもろくに防げない構造だった。そんな七年間の暮らしは、今まで屋敷での優雅な生活を続けて来たアユには堪え難いものだった。その身体は次第に衰弱を重ね、病魔が蝕むようになったのであった。
「そんな…」
 アユの現状を聞き、ユウイチは胸が締め付けられるような気持ちを抱いた。自分をずっと待ち続けていた人が、こんな事になってるだなんて…。貧困と病、そんな人間にとって堪え難い苦痛をいくつも抱えているのに、こうして笑顔を忘れずに自分を待ち続けていただなんて…。
 どうにかしてこのアユを幸せにしてあげたい、元の暮らしを取り戻して上げたい!ユウイチはそう心に深く誓った。



「さ、どうぞ遠慮なくお上がり下さい」
 キルヒアイスは咳き込むアユを寝床へと連れて行き、ユウイチ達に中へ入るようにと手招いた。
「ごめんなさい。せっかくの厚意だけど遠慮しとくわ。七年振りの再会に水差しちゃ悪いと思うし」
「そうね…。じゃあ私もお姉ちゃんと同じく遠慮させて頂きます」
 遠巻きながら二人きりにさせて上げようと言うカオリに、シオリはお姉ちゃんも自分と同じ事を思ってるんだと、自分も続けてキルヒアイスの厚意を丁重に断った。
「そうですか…。何だかこちらの方が気を使われたみたいですね…。ところでお二方は今晩はどうなさるおつもりです?」
「そうね。申し訳ないけど、ユウイチ君の親戚を頼りたいんだけど構わないかしら?」
「ああ。おじさんも多分了承してくれると思うぜ」
「そう。じゃあ先にユウイチ君の親戚の家に戻ってるわね」
 キルヒアイスに深々とお辞儀をし、カオリとシオリはユウイチの親戚の家へと戻って行った。
「で?おまえはどうするんだ」
「えっ!?あっ、待って〜私も行く〜」
 一人行動を決め兼ねないでいたマコトは、途惑いを見せながらカオリ達の後を追って行った。
「ユウイチ殿、コーヒーと紅茶、どちらが宜しいでしょうか?」
「えっ、じゃあ紅茶でお願いします」
 ユウイチが家に上がると、アユを寝かせ終えたキルヒアイスが何を飲むかユウイチに訊ねて来た。ユウイチが応えると、キルヒアイスは台所の方へ紅茶を入れにいった。
「優しい人だな、キルヒアイスさんは…」
「うん、ホントは今のキルヒアイスさんはもうボクなんかの所にいなくていいのに、こうやって看病してくれてるんだよ…」
 キルヒアイスがマリーンドルフ家に仕えていた兵士の子供であるのは、ハイネセンへ来る道程の船の中で聞いた。七年前、アユの父親であるフランツが暗殺された当時、キルヒアイスはまだ15、6歳で兵士になる鍛錬を継いでいる身であり、自身は直接マリーンドルフ家に仕えていた訳ではなかったという。つまりは親が仕えていた義理で、先代フランツの忘れ形見であるアユに仕えているのであった。
 しかし親の義理があるとはいえ、没落した家に普通はそんなに仕えていられないだろう。それは先代フランツの人望なのか、それともキルヒアイスの優しさなのか…。ともかくユウイチはキルヒアイスという人間の人徳の深さに感心するばかりだった。
「さ、お熱い内にどうぞ」
「ありがとうございます」
「では私も二人の再会に水を差さぬよう、暫く外に出掛けております」
 ユウイチに紅茶を差し出したキルヒアイスは、そう言って外出して行った。



「…ねえ、ユウイチ君、覚えてる?ユウイチ君がこのカチューシャを買ってくれた時のこと…」
 暫しの沈黙が続いた後、寝床に臥しているアユが頭のカチューシャを指差しながらユウイチに話し掛けて来た。
「ああ、正直キルヒアイスさんに聞かれるまでは忘れてた節があったけど、今ならハッキリと思い出せるぜ…」
 そう呟き、ユウイチはアユと出会った七年前に思いを馳せた。
 ユウイチが七年前アユと初めて出会ったのは、まだ先代フランツが暗殺される前の事だった。その当時、叔父カーレを訪ねにハイネセンへ父母に連れられて訪ねた時、カーレが商売の話をしにフランツの元を訪ねようとした時、ハイネセンに来たついでにとユウイチをマリーンドルフ家の屋敷に連れて行った。そうして屋敷に連れられて行った時、ユウイチはフランツの娘であるアユと邂逅する機会を与えられたのだった。
 ユウイチがアユと邂逅した時、声を掛けたのはアユの方だった。「いっしょにあそぼうよ!」そう言われたユウイチは気持ちの整理のつかないままアユの誘いに乗った。ユウイチは最初は相手がお嬢さんだということからアユに臆していた所があったが、次第に打ち解けていった。
 それからユウイチはハイネセンにいる間、毎日のようにアユの元に遊びに行っていた。そして帰る日の当日、ユウイチはアユに知り合った記念にプレゼントを渡したのだった。
(それがあのカチューシャだったな。けど…)
 アユにプレゼントを渡そうと思った時、ユウイチは相手はお嬢様なのだから何か高価な物をプレゼントしたいと思った。だが、子供であったユウイチに高価な物を買える金などなく、街の雑貨屋で売っている安物のカチューシャを買ってやるのが精一杯だった。
 そしてプレゼントを渡す時、ユウイチは不安を抱えながらアユにカチューシャを渡した。こんなのを渡してアユが喜ぶのだろうかと…。そしたらアユはユウイチの不安を打ち消すように、大声で喜んでくれた。
 高価な物に囲まれて生活して来たアユには、ユウイチの渡したカチューシャが安物であるのは一目で分かる筈。それなのにアユは心の底から喜び、一生大事にするとまで言ってくれた。
(そしてその言葉通り、あのカチューシャはこうしてアユの頭に付けられている…)
 肌身放さず頭にカチューシャを身に付けている。カチューシャは頭に飾ってこそその価値があるものなのだから、アユのその行為は間違いなく一生大事にするという想いの表れなのだろう。
(あの時俺は心に誓った。もし今度アユに会った時は、もっと高価な物をプレゼントしてあげたいと…)
 プレゼントした当時は、アユが自分に気を使って安物のプレゼントを無理して喜んでくれたのだと思っていた。だから今度会った時はアユに見合うもっと高価な物をプレゼントしてやろうと。だが、その時のアユの気持ちがユウイチに気を使ったものではなく、心の底からユウイチのプレゼントを喜んでくれたものだと、今の今になって分かった。
 プレゼントは値段じゃない、その人に対する想いがどれだけ込められてるかなんだ!ならば今の自分がアユに与えられる物は、屋敷を追われ貧困と病魔に苦しむアユの心を癒せる最大の贈り物はなんだ―?
 七年振りに邂逅したアユの顔を見ながら、ユウイチはそう心に叫んだ。



「ごめん!私やっぱりホテルに泊まるわ」
「えっ、マコトちゃん、ちょっと!」
「ダイジョーブ!お金ならいっぱい持ってるから」
 三人揃ってユウイチの親戚の家を目指し、その家にあともう少しで着こうという所で、突然マコトが掌を返したようにカオリとシオリの元を離れて行った。
「あの娘、何かワケありね…」
「うん…。キルヒアイスさんに会った時といい、ユウイチさんのご親戚の方に会った時といい…」
 キルヒアイスに会った時、そしてユウイチの親戚に会った時、その両方に対するマコトの態度の取り方は、まるで知人から逃げようとしているかのようであった。
 キルヒアイスとユウイチさんの親戚、そしてマコトちゃんの間には一体どんな関係があるのだろう…?一人ホテルを探そうと走り去るマコトの後姿を見て、シオリはそう思った。


…To Be Continued

※後書き

 長らくお待たせ致しましたーっ!前回の更新から一ヶ月以上経ち、ようやく最新話を書いたという感じです…(苦笑)。ネタ自体は前々から考えていたのですが、「たいき行」の方の更新に手間取って、こちらの方が大分ご無沙汰になっていたという感じです。
 さて、いきなり冒頭に新たに登場した裏葉さんですが、原作の元キャラは発明家という感じなのですが、設定を変えて術研究者という感じの役回りにしました。ネタバレになるので多くは語りませんが、原作の”教授”よりは出番が多くなるかと思います。
 それと祐一の親戚と来れば水瀬親子を思い起こす事でしょうが、残念ながらハイネセンの親戚は銀英伝のキャラクターに役回りを回してしまいました。もうちょっと話が進みましたなら登場して来ますので、水瀬親子待望の方は楽しみにお待ち下さいね。

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